私のリクエストに対しまして、琴音さんが書いてくださいました。
できることならばもう一度子どもの時に帰りたい。
それが叶わぬなら、せめて子どもの時の心を取り戻したい・・。
ふと、そんなことを思ってしまいました。
ありがとうございました。 (2006/8/6)
いつも空を飛ぶことを、夢に見ていた。
夢、ではない。夢だと思っていたことが、ある魔法使いの映画を見たことをきっかけに、人間は本当に空が飛べるのだと燐太郎は
目を輝かせて信じこんだ。
幼稚園の庭で大空を自在に飛ぶ鳥を見ては両手を広げてばたばたさせてみる。
ほうきを見つけては、柄の間にまたがり、ぴょんぴょん跳ねてみる。
頑張っても飛べそうな気配もなくて、燐太郎はしょげかえる。
他の子供達のように、恋の話に花を咲かせ、誰が好きだの嫌いだのと言っているよりも、鳥のように飛べないことが、燐太郎にと
っては眉間にしわを寄せて考え込んでしまうほど、重要なことだった。
ああ、今日も、飛べなかった。
落ち込んだ燐太郎は、その日の夜、満月の月を見ながら明日こそは飛べますようにと両手を組んで真剣にお祈りをした。
暗い夜空を俄かに照らしている月は燐太郎にとってはとても神秘的で、その願い、叶えてあげるよと月が微笑んでいるように思え
た。
本当に、月に願いは届いたようだった。
なんとなく、身体が軽いと思った。お腹の辺りがふわりとしていて、くすぐったいような感じがする。なんだろう。燐太郎は周囲を見
渡した。
あっ、と思った。足が床から離れている!
次第に床との距離が離れていき、頭が天井に届くまでになった。空中でうつぶせに寝てみると、風に飛ばされるような勢いで燐
太郎の身体が自在に動いた。
足を使わずに、リビングを通り、廊下を通り、階段を通る。
耳に風の音が駆け抜けていった。空気をぴりぴりと肌に感じて、燐太郎の髪がなびく。
僕、飛んでる。飛んでるよ!
気持ちがよかった。このまま鳥のように、どこへでもいけそうな気がした。さあ次はどこへ行こう。お月様にお礼を言って、燐太郎
は両手を広げた。
先ほどまで寝ていた燐太郎が、ベッドの上でゆらりと立ちあがった。
大人が寝るにはまだ早い時間で、テーブルを囲ってお茶を飲んでいた両親は仰天して燐太郎を見つめる。目を覚ましたのかと父
親は思ったが、燐太郎は目を閉じていた。
燐太郎は眠りながら薄暗い部屋で両手を広げ、夢遊病者のように小さな身体を左右に振りながら、にたにたと笑っていた。
その光景が両親には奇妙に思え、顔を見合わせて、母親が名前を呼んだ。すでに眠りの中に入ってしまって
いる燐太郎は、母親の声に全く気づかない。
「あっ!」
両親が同時に叫んだ。
燐太郎は両手を広げたままベッドを蹴って、見事に空中を舞った――。
直後、どしんという音がして燐太郎は頭から畳に転げ落ち、惚けた顔で目を開いた。
体中が痛かった。頭ががんがんして、燐太郎の目の前にはヒヨコがピヨピヨ弾ける
ように踊っていた。
映画は嘘だった。重力、というものを漠然と、しかし身をもって知った燐太郎の部屋に、
数分の間を置いて泣き声が響き渡ったのを、月は笑うように見ていた。
<了>
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